てんまあすとろ通信

はてなダイアリーサービス終了に伴いはてなブログを新設しました 2018-11-29 神社巡りをしてきましたが、近年は白山神社を中心に巡っています。

綿貫観音山古墳 高崎市綿貫町

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綿貫観音山古墳

大学の近く、住んでいたアパートの近くでバイクや車で20、30分なところにあって四半世紀前は発掘作業をしていたところなんですが研究も進んでツイッターでみたらもはやここまで来てるのかと思いました。

大学の頃は高崎市大八木にある大盛スパゲティーで有名なぽわーるにお腹を空かした男だけ5人をクルマに詰め込んで、行く途中に立ち寄った記憶があるだけですのでその後ここまで来たんだなと思いました。

下の×はインチキが多いフジです。寄り付きたくないエリアです。

侵略で古墳を壊しにきた大陸人が住んだようなところかも知れません。

 

綿貫観音山古墳(わたぬきかんのんやまこふん)は、群馬県高崎市綿貫町にある古墳。形状は前方後円墳。国の史跡に指定され(指定名称は「観音山古墳」)、出土品は国の重要文化財に指定されている。

6世紀後半(古墳時代後期)の築造と推定され、数多くの副葬品が出土したことで知られる。

綿貫観音山古墳は、高崎市の市街地の東方6キロメートル、井野川西岸の平野に立地し、北面して築造されている。規模は、

墳丘長97メートル
後円部径61メートル・高さ9.6メートル
前方部幅64メートル・高さ9.4メートル

を有し、二段築成で、二重の馬蹄形の周堀を持ち、また、上記のとおり、前方部の幅と後円部の径、前方部の高さと後円部の高さはほぼ等しい数値を示しており、きわめて整然とした形態を有している。

出土した副葬品や須恵器の特徴から6世紀後半以降の造営と見られている[1]。墳丘上の各所には埴輪を配置しているが、葺石は全く認められない。1973年(昭和48年)4月14日、「観音山古墳」[2]として国の史跡に指定され、現在は史跡公園として整備されている。